VRなら いくらでも「仮設」できる?
VR空間を訪ねて、 複数の空間をワープしていく感覚に驚き!
平塚:はじめてVR体験しましたが、重力や距離感を度外視してどんどん別世界につながっていく感覚が新鮮ですね。真っ暗な場所から、急にとんでもなく巨大な空間につながったりして。番匠カンナさんはなぜ「バーチャル建築家」の活動をはじめたのですか?
番匠:わたしは現実世界では建築設計の仕事をしてきました。でもVRに関わるようになったきっかけは、2018年のはじめごろ友人にすすめられてVtuberの動画を見るようになったことです。中でもミライアカリというVtuberが出した「VRChatで遊んでみた」という動画が衝撃でした。ある仮想空間に、世界中から人々が集まって、踊ったり、おしゃべりしたりしていました。そこに空間があって、人が活動している。これ、現実の空間と同じだなと。
平塚:カルチャーを入口に、VRの世界に入っているんですね。活動としてはどのようなことを?
番匠:まず
VRChat に興味が沸き、2018年4月に自分のアバターつくって、次に「
ニュートン記念堂 」というワールドをつくってアップして……という流れです。
番匠カンナさんがはじめて作成したワールド「ニュートン記念堂」入り口。18世紀フランスの建築家エティエンヌ・ルイ・ブレによる計画案を3D化したもの。
「ニュートン記念堂」内部。内側を星空にするというブレの計画案に基づき、球体に沿って星空が広がっていて、プラネタリウムのよう。
美術館に見立てて飾られたドローイング群。そのひとつに触れると、別のフロアに移動できる。
平塚:「ニュートン記念堂」をさきほど案内いただき、これまでドローイングを眺めるばかりだったアンビルド建築の古典を空間として体験できて、感慨深いものがあります。VRChatというのは、参加されている誰もが何かをつくる場所なのですか?
番匠:そうなんです。VR空間で人々がコミュニケーションできるサービスを「ソーシャルVR」といいまして、最近Facebookが「
Facebook Horizon 」という新サービスを発表したりと群雄割拠状態なのですが、中でも
VRChatは自由度が高く、クリエイティブなギーク層を中心に人気 です。なんでもアップできて、表現にあまり制限がない。だからプログラミングが得意な学生とか、あらゆる層のクリエイターが目をつけて盛り上がっています。
平塚:なるほど、ギーク層に人気。
番匠:だからここでの基本的な遊び方は、ものをつくってアップして、できたらツイッターで告知するというもので、VRChatはある種の「ものづくりベース」になっている んです。
平塚:楽しそうですね。自由度が高いということですが、データの共通フォーマットやツールなどは決まってますか?
番匠:あります。なので最初は大変 でした。VRと建築設計では、3Dモデリングの考え方から違うんです。最初は建築設計で使いなれた「Rhinoceros」でつくったデータを、無理やりVRで使うポリゴンデータへと書き出したりしてました。VRChatにいる人たちの多くはBlenderという無料の高機能なソフトを使っています。それを無料のUnityというゲームエンジンで整えて、アップするんですね。このあたりのやり方は一から学びました。
平塚:独特の苦労が。「ニュートン記念堂」のような建築を表現したワールドはVRChatでは珍しいのでしょうか。遊びに来られたほとんどの方は、建築を専門としていないと思うのですが、反応はいかがでしたか?
番匠:面白がってくれました。そこにいる方々には建築をつくる、体験するという感覚はなくて、誰もが自分で好きな「ワールド」をつくって人を招くということをしているので、フラットに楽しんでくれます。
建築をつくる、体験するという感覚はなくて、誰もが自分で好きな「ワールド」をつくって人を招くということをしているので、フラットに楽しんでくれます。
番匠
VRChatで生まれる 高度なクリエーション
平塚:VRChatでは、他にどんなワールドが可能なのですか?
番匠:たとえばですけど、木が一本だけあって、触るとすべての葉っぱが桜に変わり、花びらを手で払うと自分の身体に追従して動くという現実世界ではできないインタラクションを楽しめる、みたいなことが可能です。
平塚:すごい素敵ですね。
番匠:クラブもありますよ。しかもライブコーディングで空間を変容させたり音楽を生成させたりするという高度なものが。出すところに出したら現代アートとして評価されるようなハイレベルな作品が、ものすごくいっぱいあるんです 。しかもそれを学生が趣味でつくっているということも多々……。
平塚:そこまでハイレベルなクリエイションの場になっているとは驚きです。
VR空間上で開催されているVRコンテンツの展示即売会「
バーチャルマーケット 」も相当大規模になっています。年2回開催され、コミケのようにサークルがブースを出店して3Dモデルなどを売るという場所です。前回は600サークルでしたが、
2020年4月29日から5月10日まで開催される次回は、1500サークルが出店し ます。それだけの人が3Dモデルをつくって売ろうとしているんです。
2019年9月21日から9月28日まで開催されたバーチャルマーケット3のワールドの1つ「ネオ渋谷-Night」入り口。
「ネオ渋谷-Night」。建物の形やネオンサインは実際の渋谷をトレースしつつ、巨大化させたハチ公を鎮座させたり、昔百貨店屋上同士をつないでいたロープウェーを再現したりアレンジした。
平塚:どのくらいの人が来られているのでしょうか。
番匠:前回の「バーチャルマーケット3」には、のべ70万人が訪れました。協賛もかなりついていて、たとえば全15会場それぞれにセブンイレブンが出店されました。主催者側が店づくりをがんばって売り物まで3D化して並べたので、すごい再現度で人気でした。また、わたしが設計した会場「ネオ渋谷-Night」では、すべての大型ビジョンの下に協賛企業である「Panasonic」のロゴが入りました。
「ネオ渋谷-Night」内のセブンイレブン
木が一本だけあって、触るとすべての葉っぱが桜に変わり、花びらを手で払うと自分の身体に追従して動くという現実世界ではできないインタラクションを楽しめる。
番匠
仮想空間が普及する =現実が複数になる?
平塚:ところで番匠カンナさんは「バーチャルマーケット」の会場を設計したり、2019年夏に第1回が開催されたVR空間のデザインコンテスト「
VR Architecture Award(VRAA) 」を運営したり、VR空間にまつわるさまざまな活動を展開されています。そこには、どのような構想や狙いが? 現実の空間をも大きく変革しようという思いも感じられますが……。
「人類の生きる空間をみんなで考えるVR空間デザインコンテスト」VR Architecture Award(VRAA)。第1回の募集テーマは「バーチャル / コミュニケーション」で、応募期間は2019年5月31日 〜 7月15日。79作品の応募があった。
番匠:壮大な問いを(笑) 前職をやめてから1年くらいは、言ってしまえば無職がただVRで遊んでいるような状態だったのですが、最近は仕事になりつつあります。わたしは「リアル建築」の出身なのでそれを生かし、現実世界と仮想世界を融合させた「xR」的なものと、リアルな空間そのものを同時に設計対象とする方向で、活動を展開させつつあります。
平塚:xRとリアルが融合した世界とは?
番匠:xRの要所は、現実が複数になる ということだと思うんですね。いわゆる「現実」の上に情報を重ねることをミックスドリアリティ(MR)と呼んだりするのですが、これがより本質的な発展をすると、複数の現実を人々が自在に行き来し再構築しながら楽しく生きるという社会になるのではないかと。なので、そこに向けてできることを探っていこうと思っています。
平塚:VRの可能性を、信じている。
番匠:VRChatでのクリエーションは、「空間楽」とでも呼ぶべき新しいクリエーション ではないかと思うんです。自分が見たい、体験したいという理由だけで、ひとりのクリエイターが無料のソフトだけで手軽に空間がつくれる世の中になったわけです。少し前に初音ミクが流行したり、DTMが普及したりしたことで、音楽制作が民主化しました。そして近年、動画制作と発信を誰もが手軽にできるようになりました。その三次元版が今、起きつつあるのだと思います。
平塚:「VR Architecture Award(VRAA)」では「今までにないVRならではの体験」に評価が集まったとのことでしたが、実際どのような「VRならでは」の空間が提案され 、さらにそれがどう現実を変える可能性が見えてきましたか?
番匠:VRならではの作品は書ききれないほどたくさんあるのですが、わかりやすく現実にリンクした事例で言えば、最優秀賞に選ばれたVoxelKeiさんの作品は、現実のさまざまな町並みが記録されたガラス球を手に持つと空間全体がその町並みに書き換わるというものでした。VoxelKeiさんは以前から自由に空を飛びまわれる日本列島を作成していて、最近では各地の温泉街などの3Dデータを列島上にピン留めしてアーカイブするという活動をされています。この作品にも導入され、仮想空間と現実とをリンクさせられると注目されている技術が、写真を大量に撮影して3D化し、現実の空間をデータとして再構築できる「
フォトグラメトリ 」です。解体が決まっている有名建築「
都城市民会館 」をデジタルアーカイブするというプロジェクトでも、わたしが所属する
xRArchi という建築とVRを愛好するグループの仲間が、フォトグラメトリで3D化していました。
平塚:クラウドファンディングも行われ、話題になったプロジェクトですね。リアル建築を空間体験も可能な3Dデータとして仮想的に保存するというのは、建築保存の分野などでどんどん活用されそうです。一方でVRが普及すると現実の建築や都市というのは、どうなっていくのでしょうか。
番匠:現実の空間は「楽しむこと」にシフトする のではないかと思います。通勤やただ積層されたオフィスフロアで仕事をしたりというつまらなさ・非効率さから解放され、かぎられた現実の世界を窮屈に使うかわりに、たとえば森の中で気持ちよく暮らしたりと、その人が好きなように使うようになるのではないかと思います。
番匠カンナさんが2つ目につくったワールド「立体核図表VR」。原子核物理の「核図表」を空間体験できるワールド。
VRならば実在しない“概念”を空間化することもできる。
「ニュートン記念堂」内部。空中に計画されていた天体観測の装置「アストロラーベ」を3D化。
平塚:街の風景だけではなく、いろいろな価値観が変わりそうです。
番匠:すでにかなり変容しています。たとえばわたしは少女の姿だけど声はおじさんで、これ、おかしなことですよね。でもVRChatの世界では普通です。女性が男性の姿をしている場合もありますし。また仮想の姿で付き合ったり、結婚したりしている人もいて、性別という概念がなく、そこに疑問を持たないような世界 ができてしまっているんです。
AさんがBさんにプロポーズするためだけにつくられた空間というのでも、存在できるわけです。仮設的に。
番匠
VRがあたりまえになると、 未来の建築はどう変わるのか?
平塚:では最後に、仮想空間とリアル空間を行き来できるようになると、未来の建築のつくり方はどう変わっていくと考えていますか?
番匠:そもそも「現実」がひとつしかない今までの世界では、必ず「奪い合い」が発生します。物理的には土地や資源の奪い合いだったり、さまざまな価値観の衝突に由来する正しさや気持ちよさの奪い合いが起きます。たとえば建築で言うと、わたしは中国と日本で建築設計の仕事をしてきましたが、日本の公共というのはクリエーションの場としては限界がある と感じます。日本の公共建築は、100万人都市ならばその100万人の税金でつくる、いわばクライアントが100万人いる建築です。役所の方々は100万人だれからも苦情が来ないよう、つまりひとつの現実の奪い合いが起きないような最大公約数だけを求めがちです。一方でトップダウン型の中国の場合、トップの人は作品として世に発信したいという情熱を持っていたりします。社会としてどちらがよいとは簡単に言えないのですが、ことクリエーションに関しては日本はつまらなくなっていると感じます。
平塚:たしかに日本の公共建築は、ステークホルダーが多くお金にも土地にも余裕がなくて窮屈なところがあります。
番匠:でもVRの本質である現実の複数化が進めば、20〜30人の人たちだけが好む公共をつくり、自由に楽しめるようになると思うんですね。わたしが考える未来は、小さなグループが空間や建物を持てて、かつお互いに閉じているのではなく、行きたければどこにでも行けて、パッチワーク状に広がる世界を渡り歩いて楽しく生きていく、というもの です。
平塚:ワールドを渡り歩く。VRは人の動きも軽くするかもしれない。
番匠:もうひとつ付け加えるなら、現実の建物をつくるのはお金もかかるので、単一の機能のものをつくりにくいです。たとえば居間というものは、あらゆる活動を許容する箱としてつくられていますよね。でもVRではワールドをつくるのにコストがかからないので、たとえばAさんがBさんにプロポーズするためだけにつくられた空間というのでも、存在できるわけです。仮設的に。
平塚:なるほど、VRならば世界をいくらでも「仮設」できる ということでしょうか。パッと使われてその後放置されたとしても、廃墟になって周囲に迷惑をかけたり環境問題につながったりするわけでもなく、気軽につくりやすいところにも可能性を感じます。
VR空間が体験できるカフェ
IIAC認定エスプレッソイタリアーノテイスターによる厳選メニューなど、カフェとしてもこだわりぬいたお店。
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『POP UP SOCIETY』とは
『POP UP SOCIETY』は、一般の方に業界への興味を持ってもらい、中長期的に建設仮設業界の若手人材不足に貢献することを目指し、ASNOVAが2020年3月から2022年3月まで運営してきた不定期発行のマガジンです。
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